| HP管理者の日記;第176群 |
| HP管理者:「松尾 正好」の簡素な自己紹介 |
| 1.嘉穂東高校20回生(S43卒) 年齢;計算してください。 2.多摩ニュータウン;南大沢 都立大学近くに在住(最寄駅;京王線南大沢駅) |
![]() 山吹 |
| No. 932 |
平成16年5月15日(土)晴れ <先日のこと> TVを点けると画面上に「見かけないオジさん」が現れた(オジイさんだったかも?)。間髪を入れずに他のチャンネルへ切り替えたのだが、どのチェンネルも興味を惹く番組ではない。次々と切り替えていくうちにまた元の「見かけないオジさん」の画面へ戻ってしまった。仕方なくTVを消そうとした間際に、画面上にどこかで見たような絵が現れた。女性がつば広の帽子を被っている、例えをすると運転免許証に貼られている写真のような構図のそれである。おや、どこかで見たような?、もしかしたら?・・・と思って眺めていたら・・・正解であった。「織田廣喜」画伯当人が出演されていたのである。 存知あげないことゆえ、「見かけないオジさん」等と記して失礼したので、お詫びの意を込めて少し宣伝の面を手伝っておこう。 ・日本橋三越本店デパート6F美術画廊で17日まで個展を催されておられる。 ・No.928でも簡単に嘉穂郡碓井町上臼井に在る織田廣喜美術館を記している。 <おまけ> 日本橋三越本店デパート7Fギャラリーでは23日まで片岡球子展が開催されている。覗いてみたいが暇がない。 |
![]() |
|
| H16.4.25撮影 山吹 南大沢近隣にて | |||
| No. 931 |
![]() H16.5.9撮影 タンポポ 津久井にて |
||
| 平成16年5月12日(水)曇り 申し訳ないがリサイクルショップにて百円で求めた書籍のなかに下記のような文章をみつけた。 共感できる記述個所があるので、次の機会には正規の購入をさせていただくことを約束して、今回はそっくり引用させていただく。 題「自由な天地へのあこがれと郷愁」 中学と高校のあいだ、ずっとアルバイトといいますか、父親を助けて仕事をつづけておりました。夏には自転車のうしろに大きなお茶の箱をのせて、何泊かでお茶の行商にでたりもしたものです。そのころ筑豊の飯塚とか田川という大炭鉱地帯は大変な活気がありました。朝鮮戦争のころは、ボタ山に捨てた石炭(すみ)を拾っても売れるという時代でしたから非常に活気があったのです。炭住という非常にせせこましい長屋のなかで、ざっくばらんに暮らしている底辺の炭鉱労働者の人たちさへも、景気がいいといいますか、とにかく活気がありました。そして、わりと高級なお茶を気軽に「いちばん上等な品ば置いていかんね」とかいう感じで、ぱっと買ってくれる。筑豊の人たちは本当に愉快な人たちでした。私たちに対しても「ちょっとお茶でも飲んでいかんね」などと言ってお茶を出してくれたり、お茶の行商をしている身としては、農村のある意味での息苦しい生活より、同じ貧しくても人間同士が裸でつきあっているような、こうゆう活気のある世界のほうが、よほどうらやましいな、という気持を抑えることができませんでした。 のちに九州の炭鉱地帯を背景にして、「青春の門」という小説を書くようになるのも、そうゆう少年時代の、ある種の自由な天地に対するあこがれと郷愁のようなものが、背後にあったのかもしれません。 そんなふうに中学と高校は九州の福岡県の地方都市で、さまざまなかたちでの苦しみや痛みはありましたが、それでも戦後の20年代という、坂の上の雲をめざして日本人が営々としてのぼっていく時代で、見あげると青空と白い雲が見えたような、そうゆう空気ではありました。いま、その時代をふり返ってみますと、深い感慨を覚えずにはいられません。 物が豊富で、そしていろんなかたちで外国にも自由にいける。そういうなかで、むしろ少年の私たちが「憧れのハワイ航路」などという歌に託していたような、そういうあこがれも、少年野球に対する思い入れも、また日本映画で全身を震撼させるような体験も、これは自分が年を重ねてきたということだけではなく、戦後のすぐの時代と現在の社会を考えたときに、不思議な感慨を抑えることができません。(人生の目的:五木寛之著:幻冬社) |
|||
| No. 930 |
平成16年5月11日(火)晴れ <車に関すること;その1> 先日のこと。たまに利用しているガソリンスタンドへ行き、いつものようにカードを渡し「満タン」と告げて待っていたら・・・なかなか始まらない。???と思いドアを開けたら係員が「セルフに変わったんです」と一言。素直に手順を教わり無事に給油完了。車に乗るようになってからウン年経ているがガソリンタンクの蓋の開け閉めや給油作業自体が初体験であった。が、もう次回からは大丈夫だ。でも、料金は104円/L。いつも利用しているところと変わらない。これって実質的な値上げなのかな?。 <車に関すること;その2> 当方のオートマ車のギアチェンジレバーは「L、2、D、N、R、P」である。運転される方ならどなたでもご存知だと思うが、バックするときに使用するのが「R」。この「R」は「REVERSE;リバース」の「R」である。なぜバックの「B」ではないのだろう?との疑問が湧いてきたがこんなことは恥ずかしくてだれにも聞けない。そっと手元の辞書(埃が積もっていました)で引いてみた。 ・REVERSE;方向が反対の意味がある。REVERSE GEAR:逆進装置 とあった。 ・BACK;〜を後退させる とある。back a car up:車を後退させる。 私は「B」の方が判りやすい。 |
![]() |
|
| H16.5.9撮影 馬の脚形 津久井にて 名の由来は葉の形が馬の蹄に似ていることからきているとのこと。でも最近はキンポウゲで呼ばれることの方が多い。 |
|||
| No. 929 |
![]() |
平成16年5月9日(日)曇りのち雨 今日は二年に一度の団地内駐車場の抽選会の日。過去2回連続して不首尾な結果だったので、今回こそは名誉回復をと気合を入れて抽選会に臨んだのだが・・・・・結果は見事なほどの返り討ちを食らってしまった、である。希望していた一画の全てが当方の指定順番待ち直前で指定満杯となるおまけまでついての有様である。まあこんなものだろう。 「筑豊のこどもたち」の続き・・・同タイトルの映画が製作されていた。<1960年日本映画新社・東宝>。過去に見たのかもしれないが覚えていない。見てみたい。 左記の画像の樹は樹齢450年(推定)の古木のもみじ。宮が瀬瑚ダムへ行く途中の津久井郡青山に在る光明寺の境内で大切に育てられている。 |
|
| H16.4.28撮影 もみじ 光明寺境内(津久井郡) | |||
| 過去の日記;第175回へ | 未来の日記;第177回へ | ||