HP管理者の日記;第122
HP管理者:「松尾 正好」の簡素な自己紹介
1.嘉穂東高校20回生(S43卒) 年齢;計算してください。
2.多摩ニュータウン;南大沢 都立大学近くに在住(最寄駅;京王線南大沢駅)

橋本付近から見える日没
NO.
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平成15年3月29日(土)花曇り
 期待していた日差しが朝から一向に射さない。どんよりとした膚寒い花冷えの一日。休日は元気になるから不思議。寒さにめげずに花見物としゃれ込む。
今を盛りと咲き誇っていることを期待して、カタクリは片倉城址公園へ、桃は多摩美術大学前の丘陵地へ、ハクモクレンは団地横の遊歩道へ、樹齢400年の五色椿は堀の内のあるお寺へ、と訪れてみた。全てが自宅から車で10分以内の範囲に在るから移動は楽である。短時間で回ることができた。
成果は五色椿は全くの蕾状態でハズレであったが、それ以外は期待通りだった。


 遊歩道のソメイヨシノがやっと一本あたり数輪の花をつけ始めた。
H15.3.29撮影 カタクリ
NO.
676
平成15年3月27日(木)晴れ
 「サイタ サイタ サクラガサイタ」、その昔の小学校の教科書にこの文章が載っていたそうだ。私の頃はどんな文章だったのだろか? とんと記憶が無い。その桜前線が北上している。東京都内でも今日開花宣言があった。同じ東京都でも八王子は寒いからなあ。数日は遅れることだろう。
 通勤途中、米軍の相模原補給所の際を通る。野積みされているコンテナの数がやけに増えているように感じるのは気のせいなのだろうか? ここからも随分とイラクへ向けて発送されているのだろう。
 開花宣言が出ない、出たで一喜一憂する。平和な日本である。結構なことである。
 ここ数日、明るい色の服装が目につく。爽やかに感じる。つい先週までは黒一色のようだったのにと思うとなんだか変。
H15.3.21撮影 ユキヤナギ。これからが盛りだ。
NO.
675
平成15年3月26日(水)晴れ
 昨夜は雨模様にもかかわらず暖かさが漂っていた。今朝は更にそれに輪をかけて暖かい。コートを脱いで出かけたのは正解だった。暖かい一日。
 いつもは下を向いて歩くのに今朝ばかりは上を見上げて歩く。理由は街路樹のソメイヨシノ。蕾の膨らみが気になるからである。残念ながらもう少しのように思えた。別種の淡いピンクの小花を咲かせる桜(名前は知らない)は咲き始めていた。

H15.1.下旬撮影  富士山を撮っていたらカラスが遊びに来た。
NO.
674
平成15年3月25日(火)小雨
 昨夜というか深夜にTVで国会中継(録画)を流していた。久しぶりなので聴いてみた。主にイラク−米国間の戦争に関する質疑応答だったが、聴いてみて驚いた。質問の内容とその答弁の内容がさっぱり理解できないのである。当方の知識不足を弁解する気はサラサラ無いが、それでもこれほどまでに理解できないとはなあ。驚くやらあきれるやらである。それでも一つだけ理解できたことがある。絶対に言質を取られないような答弁をすることである。YESかNOかと問われてもどちらとも答えずに全く別の回答をする。流石である。私には出来ない芸当だ。
H15.3.20撮影 越生梅林
NO.
673
平成15年3月24日(月)晴れ
 
コートが不用な程の暖かさ。昨日、桃とカタクリの開花状況を偵察してきたが、蕾。頭をポンと叩かれたらパッと開く、そんな危うい状態であった。今日の暖かさで開花したのかも知れないなあ。
 居住の団地の敷地を四角に置き換えると、その周りを囲む遊歩道の内、L字の範囲で「ハクモクレン」が街路樹として植えてある。こちらもそろそろ開花の時期を迎えている。

 
H15.3.23撮影 ハクモクレン
NO.
672
平成15年3月23日(日)晴れ
 
自宅近くの公園で「馬酔木」の花を目にする。白色のそれである。堀辰雄の小文『浄瑠璃寺の春』は「この春、僕はまへから一種の憧れをもつていた馬酔木の花を大和路のいたるところで見ることができた」ではじまる。思惟の浅い私の頭では馬酔木の語感から文章なんぞは湧いてこない。「馬酔木=奈良公園」を連想するのが関の山である。奈良公園の馬酔木はちょいとばかし有名である。枝葉に「アセボチン」という有毒成分を含んでおり、葉を煎じたものは殺虫剤としても使われている。このため、公園内に住む鹿君達も敬遠したために数多く残ってしまったとの話を思い出す。
「馬酔木」の木は最近、街路樹に用いられていることが多い。このために目にする機会が多い。喜ばしいことでもある。

いつもの事ながら明日からまた仕事だ。
H15.3.21撮影 馬酔木
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