わたしの読書あれこれ(その);第十九回目
諫山 禎一郎
  わたしが属している勉強会は、「知的生産の技術研究会」(略称知研)といい、去る六月二十七日夕、港区赤坂のTBSのそばのレストランで会員の懇親パーティがあったので、行ってみた。この会は、サラリーマンの勉強会ではシニセに属し、会長の八木哲郎氏によると創立以来二十七年になるそうだが、わたしも入会後、約二十年位になり、古参になってしまった。八木氏が、京都大学教授であった梅棹忠夫氏の著書「知的生産の技術」(岩波新書)を読み、その考え方に共鳴し、研究会を組織したものである。以来、毎月例会があり、有名無名の人の講演や技法の紹介がある。当初は、東京だけの例会だったが、最近は関西、東海、福岡、大分などに支部ができて、活動中である。当日、これらの支部の代表も出席していた。いずれ、NPO(非営利組織)法案が国会を通過し次第、市民公益法人化し、教育・文化活動の分野で社会貢献をする団体になろうとしているとのこと。当日の出席者では、宮城県立大学学長の野田一夫氏(会の顧問)や、永く会の代表幹事をして同大学教授になった久恒啓一氏(会の顧問)などであった。野田氏は、永く立教大学教授で、近年は多摩大学学長として教授・学生に厳しい制度を作り話題を呼んだ人であり、その手腕を買われてこの大学に招かれた。久恒氏は、九州大学卒で四十七才。企業勤務のかたわら、「図解の技術」(日本実業出版社刊)や「図解の技術・表現の技術」(ダイヤモンド社刊)などで業績が認められ、学界に転身した。宮城県立大学は、今春開学、わが国では初めて知的生産の技術に関する講座を開設し、久恒氏が担当とのことである。

 八木氏によると、この二十七年間に会およびスタッフが関係した本は、何と三十四冊にもなるそうだが、わたしもかなり読んだ。その中で印象に残るものは、「わたしの知的生産の技術」(講談社刊・文庫もあり)であり、八木氏自身の著作「打たれ強い人間は挫折を知らない」(HBJ出版刊)もいい。この五月に出た八木氏編「物忘れ症候群のためのモノと頭の整理術−人の名前、資料、小物…がすぐに見つかる−」(日本実業出版社刊)は、そのユニークな題名が話題を呼び、幾多の事例の発表があり、参考になろう。読後感として、昭和六年生まれの氏の若々しい頭脳とパソコン等の駆使術に敬服する。

 わたしも、昨夏四十人の会員との共著で、「自己啓発のための知的勉強法」(日本能率協会マネジメントセンター刊)を出版した。ちなみに、わたしの書いたテーマは、「社会人が大学で学ぶ法」で、生涯学習の一環としての大学・大学院での学び方のノウハウを調査と経験から紹介した。幸い好評で二版になっている。

 それにしても、この会は二十七年間、幾度か危機にあったそうだが、ここまで頑張って来られた努力に敬意を抱く。今年八月下旬から九月上旬にかけて、日本経済新聞の「サラリーマン」欄に連載された関西支部水谷哲也氏のコラムは、 サラリーマンが素手で取り組む勉強会の運営十年間が、いかに大変であったかをよく物語っている。

 例会は、今までいろいろな会場を利用していたが、最近は東中野のテラハウスやお茶の水の中央大学会館で開催されている。いつもながら、時代を先取りしたテーマの選定と講師の発掘力には感心するばかりである。従って有名になる前の講師の話をよく聴いたものだった。会報として、月刊の自己啓発誌「ちけんだいがく」があり、最新号で二百二号を数える。毎号五、六十ページあり、過去の講演はテープ起こしで文章になり、ほかに種々の情報が掲載されている。

 ひるがえって、梅棹氏の「知的生産の技術」は、氏のフィールドワークの記録をいかにシステマティックに編集、整理するかから編み出されたもので、その提唱される京大式カードとともに有名である。梅棹氏の学問に対する考えは、先頃日本経済新聞に連載された「私の履歴書」に加筆された「行為と妄想」(日本経済新聞社刊)にくわしい。これを読むと、氏のあくなき学究心に心を打たれる。また、いわゆる京都学派のユニークさが感じられる。氏は現在失明されて、秘書を使っての口述筆記ならぬワープロ筆記で、これらの著作をされているのだという。一読に値する。(一九九七年一一月)