わたしの読書あれこれ(その3);第十二回目
諫山 禎一郎

  どなたでも、経験されていると思うが、 いろいろな本を読んで、その中から自分が気に入った著者なり、分野なりで、とりつかれるように読書が進むことがある。私にも幾つかの興味、関心をそそられた著者、分野がある。
 その一つに、向田邦子の著作がある。実は、彼女の名前は知っていたが、著作は読んだことがなかった。テレビドラマを断片的に見ることがあっても、人気ドラマの原作者程度の認識しかなかった。それも友人に勧められて、映画「あ・うん」を見たのがきっかけであった。たしか、一九八九年のことである。映画の感想としては、近来にない心暖まる傑作であると思った。後半の出征の場面では、思わず涙が出た。そして、その底に流れる反戦思想を感じ取った。板東英二の演技は、元プロ野球選手というイメージから玄人顔負けのうまさ、この作品で日本アカデミー賞・助演男優賞を取った。共演のダンディーな高倉健、富司純子の奥様マドンナ、富田靖子の可憐さが印象的であった。また、気に入ったのは、戦前の勤め人家庭のたたずまい、わが家も勤め人家庭であったので、なおさら忘れていた子どもの頃を思い出してしまった。映画を見てから、あわてて原作を読んだ。それから、再び映画を見るチャンスに恵まれたので、今度はじっくり鑑賞した。この時も、やはり傑作だと思った。それからは、のめりこむように他の作品を読んでいった。
 そのうち、新聞で知ったことだが、わが家に近い日野市の実践女子大学(彼女の母校)に、「向田邦子研究会」というものがあり、時々講演会や研究発表会が開かれており、翌年に入会した。例会に行くと、向田フアンが多数いることを知り、安心するやら、その関心の高さに驚くやらで、今でも毎回楽しみにしている。テレビドラマや演劇は気のつく限り見ることにしており、彼女に関連の諸氏の著作も読むことにしている。久世光彦氏演出の新春ドラマは毎回録画している。俳優座での「あ・うん」(91年2月)の公演、著作では、妹・和子さんの「かけがえのない贈り物」(94年文芸春秋)、久世氏の「触れもせで 向田邦子との二十年」(92年講談社)、平原日出夫氏の「向田邦子のこころと仕事 父を恋ふる」(93年小学館)、松田良一氏の評伝「向田邦子  心の風景」(96年講談社)などがある。特に、松田氏は椙山女学園大学教授で、ゼミでは向田邦子を題材にされているとか。それにしても、今年七月九日の「姉貴の尻尾」(文春文庫)の著者である弟・保雄さんの急死の報にはびっくりした。また、「森繁の重役読本」(91年ネスコ・文芸春秋)は、ラジオ東京時代に連続放送されていたが、脚本が彼女の手元にもなく、出版が危ぶまれていた。しかし、放送した森繁久弥氏がそのガリ版の脚本を大事に取っていたといういわくつきの刊行は特筆できる。
  同大学図書館には、向田邦子文庫なるオープン書架のコーナーがあり、遺族から寄贈された家具・蔵書や前述の森繁氏の寄贈の脚本などを見ることができ、さながら彼女の書斎に入ったような気持になる。彼女の蔵書を見ると、その広範な読書分野に興味がわく。研究会の機関紙「向田邦子研究会通信」も発行されており、先年には会員の文集も刊行され、私も書いた。毎年夏、遭難日に近い日に多摩墓地に眠る彼女の墓参案内もいただくが、まだ参加したことはない。九一年暮から、正月にかけて渋谷西武デパートで開催された「向田邦子の世界」展には、若い人も大勢見に来ていて、彼女の人気に改めてびっくりしたものだった。来場者の残したメッセージは八百枚を越え、同文庫に保管されているという。また、彼女は食べることに人一倍関心があり、「向田邦子の手料理」(講談社)なる本もある位で、その中に諸国名産の紹介があり、和歌山の中田商店の梅干がある。これは私もこの本を読む前から味わっていたので、共感した。その本に出ている富山の銘酒「立山」を飲んでみた。ちょっと辛口のいい酒であるが、なかなかその辺の酒屋さんで売っていないのが残念、見つけ次第買うことにしている。それから、彼女は生前食べることから食べさせることに興味をもち、妹和子さんに店をさせることにした。この店は赤坂にあり「ままや」というが、まだ行ったことはない。ぜひ行きたいと思っている。
 今秋も、実践女子大では公開市民講座として「家族のいる風景 向田邦子ワールドにみる家族」が、全五回のプログラムで開催される。今から楽しみにしている。

 最後に、彼女の著作であるが、私はどちらかというと、シナリオよりエッセイや短編が好きだ。「父の詫び状」、「眠る盃」など、人生の機微に触れたものに、彼女の豊かな才能を見る。それにしても、あの台湾での飛行機事故死、あれから十六年、惜しい人を失ったものだ。(一九九七年九月)